死に支度とは、人生の覚悟を決めること


告別式に参列しました。そもそもわたしは、死についてどれくらい向き合っているんだろう、少し考えてみました。

◆大好きだった、農家のおじさんの訃報を受け、会いに行った帰りに夢のバイクを手にしちゃった話はこちら→http://f8r.jp/archives/7529

日本の平均寿命は、世界第一位。(世界保健機関(who) 2018年版より)。平成29年の平均寿命は、男性81.09才、女性87.26才。わが神奈川県は全国第五位で、中でも青葉区の男性は、市町村の中で堂々第一でした。(厚労働省「生命表」より)。

(第21回生命表(完全生命表)の概況 参考資料2 平均寿命の国際比較PDFより抜粋)

それでも、ここまで生きていられるのは、はたして、当たり前なんだろうか。

登校中の小学生の列に車が突っ込んたり、病気や自殺など、若くして命を落としている人はたくさんいる。

突然死。40代~50代の働き盛りで、ご主人や奥さんを亡くした話なんて、よく耳にするよね。

目を背けたくなる虐待や犯罪の話は、芸能ニュースのように、日常茶飯事だ。

バイクでは、自分がいくら気を付けていても、事故に合う可能性はある。さっきまで風を切っていたかと思えば、今度は家族代筆の訃報がタイムラインから流れてくる。

それでは危ないからって、何にもしないで、家にじっとしていれば、長生きできるのか。それはやはり極端すぎる話であって、精神的にも体力的にも良くないわけで。何より、それでは、何のために生きているのかわからない。

そこでわたしは、お通夜や葬儀に参列するたび自問する

この帰り道にあなたが死んでも、後悔しない人生だったと本気で言えますか? あなたは、今、人のために懸命に生きていますか?

瀬戸内寂聴さんの著書「孤独に生きる」では、”生まれるときも、死ぬときも、人間みな一人」だと。ならば、生きている間は、世のため人のために生き、人さまのお役に立てるなら、そんなにしあわせなことはないんじゃないかと。それがわたしの生きる道なんだと確信が持てました。


孤独を生ききる (光文社文庫)

2011.3.1。東日本大震災で親戚の家が流され、「矢島」という表札だけが残った被災地に立ったときに、大自然の破壊力を目の前に、人間の無力さに打ちひしがれました。「生きているだけでありがたい」。魂で感じたあの気持ち、一生薄めたくないと思っています。

いつ、自分の人生が終わるかは天の神さましか知らないこと。ならば、いつ人生終了のホイッスルが鳴ってもいいように、後悔しない人生を生きたいと思っているし、その努力を決してやめないようにと意識しています。

死んじゃったらおしまいよ。

残された者の心にはずーっと残るけど、生きている間にいかにやれるかは自分次第。だから、一分一秒を大切にひたすら自分の夢に向かって走りたい。

わたしの死に支度は、準備万端。

おじさん、ピンピンコロリンはいいけどさ、あと10年はいて欲しかったよ。でも、ほんとうにありがとう。わたしのことを、めちゃめちゃ心配してくれていたってね。でも、もう大丈夫。お母さんとお姉ちゃんとケンカしながら仲良くするから。おじさんの土で育った桃太郎(トマト)、今年もたくさん、たべるんべーからさ。



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