リスクを減らす介護から 自分らしく生ききる介護を応援する


高齢者が死亡した事件で、食事介助をした准看護師が業務上過失致死傷で有罪判決というショッキングなニュースを読んで、理想の介護について考察する。

施設は長生きできるが個体を失う

施設にもよるが、基本的には団体生活。歩けたとしても転倒リスクの回避で、車イスかベッド生活になり、あっという間に歩けなくなる。歩けなくするが正解かもしれない。

毎日、同じことの繰り返しで、曜日や時間の感覚がなくなる。ある自立した女性の言葉を思い出す。

入所して一週間。「矢島さん、なんだかとても怖いの。曜日や時間の感覚がなくて、おかしくなりそう。このままどんどんボケて、あの人みたいに(隣の部屋の認知症入所者)なっちゃうのかな」

その女性は、部屋で過ごすことが多くなりその後すぐに認知症の認定を受けた。

施設では、排泄を失敗すればオムツに、固形物が危なければきざみやミキサーに、騒げば安定剤や睡眠薬を、集団生活だから仕方ないという選択をいくつも迫られている。安全を第一にすれば、人間らしい生活から離れていく。

ミキサー反対、オムツ反対と自立を応援するグループホームなどもあるが、まだまだほんの一握り。”生きる”ことについて、きちんと向き合っていきたい。

ゲストハウスにリッツカールトンのホスピタリティを求めていないか

有料の高級施設をリッツカールトンに例えるならば、今回起きた特養はゲストハウスと言えるだろう。バックバッカーやツーリングライダーなど安さを求めているので、ホテルのようなサービスがないのが特徴だ。

以前わたしは、生活保護受給者で半身マヒの利用者さまの訪問介護サービスを担当した。GB(ゴキ〇リ)がウロウロその床で、彼女は一日中寝たきりになっていた。これが介護保険の限界だ、自費サービスを彼女は支払えない。それに比べたら特養では、清潔が保たれ、食事が運ばれ、安心して睡眠ができる夢の環境なのだが、ご家族や利用者さまからすればもっと上のサービスが受けられると勘違いしていると感じる。それでも現場では、旅館やビジネスホテルくらいのサービスを提供しているものだから(わたしはそう感じる)、人件費を削るしかない。

現在では、本当にたくさんの施設がある。これについては後日説明するが、自分が求めるサービスを受けられる施設はどこなのか? きちんとケアマネに確認する必要がある。

100才のおばあちゃん。施設と在宅、ズバリどちらが正解?

ヘルパーや介助を拒否する100歳のおばあちゃん。独居でよく転び、その度に呼びつけられる家族は、疲弊していた。

では、ここで質問。おばあちゃんにとって、どちらがしあわせ?

【施設】転倒がなくなり安全に生活が送れるようになったが、睡眠や食事など自由が少ない。オムツで寝たきりになったが長生きした。

【在宅】散歩や買い物、料理を自分でやりながら暮らすも、転倒が絶えず、入退院を繰り返えした。認知症を機に入所した。

福祉国家フィンランドでは、子どもが親の介護する世帯は10%未満だそうだ。日本ではまだまだ環境が整っていないが、家族主体でなく当事者主体の介護になることを切に願う。

足らない部分だけ介入し、ギリギリまで自分らしく生きる

できることは自分で、できないことだけ介入する理想の介護を目指す。わたしの個人的な意見は、ある条件以外は在宅介護がいいと伝えたい。条件についてもまた今度触れるとして、在宅介護は、転ぶとかケガをするリスクがあるが、尊厳は守られると信じている。

さて、あなたは、どう思いますか?



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